大福日和

洋服のご報告。

福助の洋服ですが数名の方が申し出てくださって発送いたしました。

 

残りとおが和んずから何着か「ふがれす」さんにも。

 

少しでも保護犬の役に立ってもらえれば・・・と、4月に「ぺちゃふぇす」が開催されるということで

 

おが和んずからの服はチャリティ販売されます。

 

サイズの合いそうなワンちゃんがいたら買っていただけると嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

| - | 22:14 | - | -
保険。



今年も届いたバースデーカード。
あと半月で13歳を迎えられると思ってたのになぁ〜

その翌日に届いた封書

 

電話で保険の解約をして送ってもらいました。

 

福助が0歳から入っていたんですが、大人になってからは、ほぼ使用なし(笑)

 

ほんとに何年も寄付してましたよ・・・・

 

でも、福助は大吉に比べると体が弱いような気がしてずっとかけてました。

 

あまりに使用頻度が少なかったから「健康割増引」で10%割り引かれてたくらい。

 

通院の利用制限も無し。

 

それが年末からの1か月で3年分の掛け金を負担してもらっちゃった・・・。

 

手術代も50%だったらもっと助かったんですけどね〜(苦笑)

 

でも、10万が交通費やら諸々で助かったわ・・・

 

たぶん、12年分を計算すると掛けた金額のほうが多いはずだけど、やっぱり入っててよかったかな。

 

 

余談ですけど、ブログを読んでいてくれた人と話すと「酸素室って高かったんでしょう」って聞かれます。

 

この酸素室のレンタル料も毎月手続しなくちゃいけない面倒くささがあるけど保険の対象になります。

 

いったん実費で払って、領収書と病院から酸素室の支持をしました。っていう一筆と社判を押してもらって、手続します。

 

1月の請求はまだしていないけど、今後、必要になる人がいるかもしてないので・・・・ただし記入してもらった日の病院の治療費と合算で1万ですけど。

 

毎月の引き落としも直ぐに終了にはならなくて、もしかすると3月まで引き落とされて、後日精算して振り込まれるみたいです。

 

入るときは、簡単でも終わらせるときはそうでもないんだなぁ〜〜

 



 

ちなみに大吉ですが、ずっと健康だったので確か・・10歳の時に保険を解約しちゃいました。

 

よくある話ですが・・・

 

解約した途端、病気三昧。

 

大吉と福助の保険代がそこそこの掛け捨て金額だったので大吉は大丈夫だろう〜と思ったのが甘かった。

 

シニアになってからの保険解約はお勧めしません(笑)

 

 

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福助の洋服を着てくださる方が何名か連絡くださってます。

もし、まだいたらご連絡ください。

 

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おが和んずの9周年のオーダー服が全部出来上がって発送しました。

 

がまぐちの期間限定のお買い得価格。

お雛様のタペストリー

パグ服の30%OFF は20日までとなっています。

 

今年のパグサイズ服のセールは8月のパグの日マルシェまで予定していませんので、まだ寒い季節ですが春〜夏に着られる洋服を早めに手に入れてくださいね。

 

 

| 大福の独り言 | 08:32 | comments(0) | -
心も整理。

福助が逝ってしまって2週間が経ちました。

 

毎日のようにお花が届いて、そのたびに「福ちゃん、すごいね〜〜」って見せています。

 

お水をあげて、マメに傷んだお花を抜いているせいか、まだまだもってくれそうです。

 

ブログを書き終えたら、不思議なんですけど肩の荷が落ちたように悲しいとか寂しいって気持ちが薄らぎました。

 

自分で考えられるできるだけの事をしたことと、もう福助は苦しむこともないんだなぁ〜って。

 

だんだん、お花が届くたびに、福助と私に頑張ったでしょう。のご褒美に思えたりして。

 

 

おが和んずの9周年が5日遅れで開催してるんですけど、仕事があるって幸せ。

 

ほぼ、オーダー服も完成して落ち着きそうです。

 

15日まで。の限定値下げ品もありますよ〜。

 

 

 

大吉は毎日、寝て食べて寝て食べて寝てます。

 

うすうす福助が居ないことには気が付いていると思うけど、食欲は衰えないし暖かいときはお散歩するし。

 

それにしても、フードは減らない。ペットシーツも減らない。おやつも減らない。

 

今までの減り方が半分になることで福助が居なくなったことを実感します。

 

洋服も洗濯することがないのでずっとそのまま。

 

誰か、着てくれる人がいたら差し上げるんだけど・・・・・いませんかね?

 

首回り 38センチ

胴回り 52センチ

着丈  30センチ  くらいで作ってます。

 

誰もいなかったら処分しなくちゃ。

 

カントリー雑貨を作っていた友人に作ってもらったハンガーも。

 

東京行きの時に使おうかと思ったペット用リュックは貰い手がいたので使ってもらえることに。

 

ソフトキャリーとカドラーは処分しました。

 

大吉と福助が一緒に乗れるために使っていたカートも大きすぎるなぁ〜〜

 

 

そうそう。

本当に欲しい方がいたら使ってほしいんですけど、薬があります。

 

去年の春先、福助の咳が続き病院から処方してもらった後、大目に準備した薬です。

 

気管支拡張剤のネオフィリン100

抗生剤 ミノサイクリン50   同じ薬を飲んでいるワンちゃんがいたら・・・

 

フードボウルも突起が付いていて早食い防止の物とか・・・

 

少しずつ整理していかないと。

 

 

 

 

| 大福 | 22:08 | comments(4) | -
福助の事。十。

1月30日。

 

病院からの道すがら、家に着いてから・・・お世話になった友人たち数人にメールで福助の訃報を伝えました。

 

福助をいつも寛いでいたカドラーに眠らせ、しばらくボ〜っとながめていたらパグ友さんがお別れをしにきてくれました。

 

福助が逝ってしまった実感のないまま時間が過ぎていき、

 

その夜はカドラーを枕元に寄せて、寒くないように毛布を掛けて一緒に眠りました。

 

濃縮器の音のしない静かな夜でした。

 

1月31日。

 

目が覚めても福助の事は夢ではありませんでした。

 

酸素室を見ると、福助が「出して出して」と爪でカチャカチャする音が聞こえて胸が締め付けられ、早めに引き取ってもらいたいと連絡を入れたら、午前中に来てくれることに。

 

 

黙々と酸素室を分解して引き上げてくれる業者さんに「本当に助かりました」と言うのが精いっぱいでした。

 

酸素室がなかったら、福助はずっと苦しい呼吸で毎日を過ごさなければいけなかったと思うと、本当に感謝しかありません。

 

東京から友人が駆けつけてくれ、ささやかな通夜で久しぶりに飲んだ・・・・・けど酔えなかった。

 

 

2月1日

 

大吉の時の心の準備として、かねてから決めていた場所で火葬の予約を入れて、お花やメールを送ってくれたパグ友さんたちに12時からの火葬のお知らせをして一緒に空を見上げて見送ってもらえるようにお願いをしました。

 

午前中までに届いていたお花を一籠から一輪づつ抜いて、おやつも袋に詰めて・・・・・

 

大吉とお揃いで縫った最後の洋服を着せ、3月3日の誕生日に着せるはずだった金色のちゃんちゃんこをその上に重ねました。

 

それから、戌年の時に作った福助の名前入りの盛装前掛け。

 

お花と一緒に届いていた福助へのメッセージカードも。

 

途中、福助が0歳のころから毎週のように通っていたドッグランに立ち寄ってみました。

 

平日だったせいもあって、誰もいなかったけれど元気に走り回っていたこと、パグリンピックで楽しかったこと、冬になるとストーブでお芋を焼いて美味しそうにかぶりついていたこと、たくさんの思い出が詰まっています。

 

パグ友さんが誰もいなかったので、いろんな犬種のワンちゃんと犬社会の勉強をしたり、旅行に行ったり・・・

 

里山のきれいな空気を吸って、車を走らせました。

 

火葬場はパグの置物がお出迎え。

 

ご夫婦で営んでいるここはご主人がパグを迎えたかったんですって。

 

福助を煉瓦で作られた台に乗せ、最後のお水をコットンで飲ませ、口元にたくさんのご飯とおやつ

 

周りにはたくさんのお花を飾ってあげました。

 

最後のお別れをして、福助は扉の奥へ行ってしまいました。

 

 

穏やかで2月とは思えない暖かな日。

 

 

1時間ほどして骨になってしまった福助は本当に小さくなっていて、一つ一つ大切に拾いました。

 

 

置き場所がなくて、テーブルや椅子やらで代用したたくさんの花を置いた祭壇でいい香りに包まれて福助は眠っています。

 

ひっそりと・・と思っていたのに毎日のようにお花が届いて、「福助、幸せだね・・・」

 

ほんの少しのスイッチで悲しくなったり、切なくなったり・・・・・

 

「たら、れば」を言い出したらきりがないのかもしれないけれど、後で後悔しないようにできる限りの事はしてきたつもりです。

 

病院から帰ってきた福助の鼻にはふやかしごはんがこびりついていたままでした。

 

拭いてきれいにしてあげようかと思ったけれど、お腹がすいたときにペロンと食べられるようにそのままにしました。

 

30日の夜もほんの2時間ほどだけれど福助と頬をくっ付けて同じ枕で眠れたし、朝もご飯を食べてくれた。

 

お腹がすいたまま、苦しんでいなかったことも救いです。

 

ただ、あの朝、私の手から喜んで食べてくれたご飯を途中でやめることなく最後まで食べさせればよかった。

 

仙台に専門医がいてくれたら、毎日でも通ったのに・・・

 

 

5日の朝方・・・・・

 

福助が夢に出てきました。

 

元気な姿の福助はいつものように大きな目で私を見つめ、びっくりするほどハッキリと

 

「ごめんね」って言って目が覚めました。

 

何度も、言葉が通じたらいいのにねって思っていたけれど、最初で最後の言葉だと思います。

 

謝ることなんて何一つないのに、どうして「ごめんね」だったのか、これからずっと考えることだと思います。

 

 

初七日の6日。

 

福助のお母さんのうみちゃんを合同の納骨堂に収めてきたと、うみパパがやってきました。

 

夜になって、思いがけず最期を看取ってくれた院長先生からお花が届きました・・・・・きっと初七日を覚えていてくれたのでしょう。

 

 

ようやく、福助がいない生活に慣れ、大吉のお世話をし、ご飯をちゃんと食べて、仕事しています。

 

福助につきっきりで、仕事が二の次だったのでガンガン働かなくちゃ。

 

終。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

福助の事でたくさんのご心配・励まし・お花をありがとうございました。

心より御礼を申し上げます。

 

本当にありがとうございました。

 

色々、思うことは少しずつ書いていきたいと思っています。

 

 

 

| 病院 | 23:37 | comments(10) | -
福助の事。九。

1月30日

 

12時過ぎ

ようやく吐き気も収まり、眠れたことで復活。

 

福助の様態が気になるので、東京のA病院に動画を送って意見を伺おうと福助を酸素室から出してカドラーに乗せてみると・・・

呼吸は荒いまま、全身で息を吸っています。

お腹がパンパンに膨れ、毛が逆立っている。

どう見ても異常。

 

急いで動画を撮って先生に送信。すぐに電話をして先生に動画を送ったことを伝えました。

病院は休憩から手術などで一般の診察は受け付けていない時間だけど、間もなくメールの返信が。

 

「状態がよくないので、急いでこちらに来る手配をするか、仙台で早く病院に行ってください。」

 

仙台で専門医がいなくて東京まで行ったわけで、仙台で同じ対応ができることはないし・・・

 

まず、考えたのが、チョロQさんへのコンタクト。事情を話して東京に行ったら病院まで運転してくれるかどうか。

 

すぐに快諾の返事をもらって、決まり次第連絡をすることに。

 

急いで、仙台を出たら4時過ぎには病院へ着けます。

診察をしてもらって、福助をそのまま病院へ入院させ私だけ仙台に戻ってこれば大吉を預けなくて済む。

 

大吉の夕ご飯を用意しておいて仙台の友人に食べさせてもらおう。とスペアキーを用意しました。

 

次は、前回活躍したソフトケージをキャリーを用意しなきゃ。と、納戸から出してきて折りたたんでいたケージを組み立てようとしたら、ほんの数回しか使っていなかったのに、ジョイント部分が壊れていました・・・・・。

 

がっかりする暇もないのでハードケージを取り出して準備。

 

こんな時、お財布さえあれば出かけるときは何とかなる。と思っているので身軽に福助を連れていければ・・・と

 

福助の様子を見ると、新幹線での移動にはとても耐えられそうにないと判断。

 

先生に「仙台の病院に行くとしてどんな治療ができるのか」メールしました。

 

返信は「従来の治療法の披裂軟骨側方化術か気管切開です」

 

もう気管切開してもらえる病院へ行くしかない。とA病院を紹介してくれた仙台のかかりつけ病院へ電話したところ、院長先生は手術中で15分で終わるので折り返し電話をもらうことに。

 

先生に事の流れを説明し気管切開を依頼して、時間外は重々承知で緊急の手術をお願いしました。

 

永久気管切開でも、福助が楽になるのなら・・・・・時計を見ると15:15。

 

20分で行くのでとにかくお願いします。

電話を切って、家を出たのが15:20

 

こんな時は信号で止まるのももどかしい。とにかく急いで急いで病院へ向かいました。

いつもは運転する私の膝でおとなしく車に揺られる福助だけれど、

全身で呼吸する福助を毛布を敷いたハードキャリーに押し込み後部座席に。

 

病院まで半分ほど来た頃、ガタンと後ろで音が・・・

 

小さな隙間からみえる福助が動かない。

 

不安で押しつぶさせそうな気持ちを押し殺して、病院の前に横付けしエンジンをそのままに福助の入ったキャリーを緊急でお願いしていた小川です。院長先生に連絡しています。と伝えるとスタッフさんがすぐに奥に運んでくれました。

 

急いで車を駐車場に置いて受付をすると、すぐにこちらへ・・・と案内された奥の診療室では心電図をとられ、心臓マッサージを受けている福助が横たわっていました。

 

休みなくマッサージを続ける若い先生。心電図を見守るスタッフさん。院長先生がすぐ傍でもう心肺停止だったよ・・・

5分で来られたなら・・・

 

「先生、この状態になって戻ってくることはあるんですか?」

 

返事は「ないね・・・」でした。

 

声を振り絞って「もういいです。お腹のガスを抜いて楽にしてあげてください」そう言うのが精いっぱいでした。

 

「処置をしてあげるから、待っていて・・・」と夕方診療時間前の空室の診療室一部屋を用意してくれました。

 

私の気持ちが落ち着いて、会計を済ませ車を病院の前に止め福助を迎えに行くと、バスタオルに包まれた福助はまだ温かかった。

 

時計を見るとほんの1時間前までは確かに生きていてくれたのに。

 

それから自宅までは一度に帰ることが出来ずに、あんなに急いで病院へ向かったのに1時間もかかってしまった。

 

「福助、おうちに着いたよ」

 

続く。

 

 

 

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